昭和42年12月7日 朝の御理解 大坪加代太郎
教祖の神様は、46歳で、立教神伝をお受けになる。そこから、お道の信心、取次ぎの道というのが、開かれてまいりました。そのときの、神様の、教祖に対してのお言葉の中に、あの時死んだと思うて欲を放し、天地金の神を助けてくれと、仰るところがございますね、立教神伝。あの時死んだと思うて、欲を放し、天地金の神を助けてくれと。46歳と言えばまだ、働き盛り。お子様が、まだ、ご長男から次々亡くなっておられますから、3番目ですかね、の方がまだ、15ぐらいの、後に、4人か5人お子さんがおられますが、もう一介の、お百姓の中心である教祖の神様に向かって、そういうふうに、天地の親神様が、ご依頼をなさっておられます。それを、二言もない、その受け方をもってですたいね、そのまま神様の、願いと言うかね、神の願いを(持ちて祈られて?)から、いよいよ、門外不出、お取次ぎの座にお座りになられた。
大変なことだったと思うんですね、実際は。お百姓さん、46歳ぐらいで。けれどもあの時に死んだと思うてとこう・・・。それは42歳の、ご大患をお指しになっておられるんですね。42歳の、ご大患。いわゆるあの、のどけを患われた。もういよいよ湯水も通らない。医者も見離した。今こそ、のどけぐらいのことは、簡単に治る、医療、薬、様々な手がございましょうけども、当時としては、のどけで命を失うという人が、いくらもあった。医者から見離されなさったから、親戚、まあ一同集まって、神仏に祈願をかけたり、お願いをなさるより他になかった。それで、新家の次郎という方を、先達に、その、石鎚の神様、( ? )石鎚の神というあらたかな神様の、ご信仰が、あった。その、ご信心を、まあ一生懸命に、なさった。教祖の神様はもう、寝たっきり。湯水も通らないという状態ですからね。そこへ、石鎚の神様が、新家の次郎に、さんに、神がかりがあった。言わば、乗り移られるわけですね。そして、仰るにはですね、この家の主人にね、この家を、普請する時に、ひょうび金神に、無礼があったと。というその、お知らせであった。なるほど、その前の年ですか、ご普請をなさっておられます。改造をしておられます。小さい家を、四方にこう広げておられる。
当時は、今でもそうですけれども、大変な、やはり金神( ? )の、( ? )が、皆に信じられておるときでございますから、何月何日に、来てもろうて、あの、いろいろ、( ? )ちょっと日柄方位、方角を見てから、なさった。その為にはもう実に、行き届いたことであったらしいですね。大体月周りが悪いというので、その月に当たらないように、わざわざ納屋に、自分の家を引っ越しておられます。納屋で、何ヶ月か生活なさって、そしてご建築にかかっておられる。ですからもう、見るとこは見てもろうた、するところはしてなさったわけなんです。ね、ですから、それをご承知であるところの、古川八百蔵という、教祖の神様のお父さまに当たられる方が、新家の次郎に、神がかりになって、そういう、高々に、仰っておられる、そのことを、反発をなさったわけです。他の者ならいざ知らず。この家の主人に限って、そのようなお粗末ご無礼はございませんと仰った。氏子がそのように言うならこの家の主人が、死んでもよいか、と言うようなその、お言葉ですね。
教祖の神様は、お休みになりながら、そのお父さまが仰る、養子を・・あー、家内の、お父さまが仰るところの、この家の主人にご無礼はないと。見るとこは見た。見るところ見て、ちゃんとこう、( ? )うってからの、この普請であったから、そんなご無礼はあっとるはずはないとこう言われるのに対して、教祖の神様は、その、寝ながらね、思われておられる。お父さまは何ということを言われるであろうか。人間生身を持っておることであり、小さい家を四方に広げた事であるから、どこにお粗末ご無礼があるやら分からんのに、あのような、ご無礼なことを、言われて、あいすいませんと言うてその、( ? )休んでおられますその、湯水も通らないという状態ですから、もちろん声も出らない、中から、ふっとその声が出るようになる。そこでその、神様の前に、這い出られてから、ただ今氏子が申しましたこと、は間違えでございますと。人間凡夫のことでございますから、どこに、お粗末御無礼があるやら分かりません。どうぞ、そこのとこに、お許しくださいと言い、( ? )なさっておられます。
そこに、石鎚の神様が、この家の主人は行き届いておると。5月の1日に( ? )、そのお言葉の通りに、5月の1日には、まあ、お風呂にでも入られ、(しょうぼう風呂?)にでも入られて、まあ、快気祝いのような、お祝いなさったと言うようなことが御伝記に載っております。
そういうその、言わば、九死に一生と言うようなところを通られて、神様のおかげで、神仏のおかげで、おかげを頂かれた。医者も手を放したところを、おかげを頂かれた。そこんところを、天理の親神様は、立教神伝でね、あの時死んだと思うて、欲を放して、天地金の神を助けてくれ、とこう仰っておられる。
私昨日、北野の教会の御大祭で、そこんところを、北野の、(いわし町?)の、田中先生のご説教で、聞かせていただいたんですけれども、金光大神、御伝記に、あの、( ? )ところでございますが、その42歳の大患から46歳までの、教祖の御信心のあられ方って言うことを、まあよーう勉強なさっておられると思うほど、詳しいお話もありましたがね、はー、ここんところからが教祖の神様の御信心が、ほんとに、変わられたのだと言うことを、分からせてもらいました。
それからはですね、月に3回、3日間というのは、お休みになさってね、その3日間というのを、その、その当時の、神社仏閣の、いろいろなところをですね、その、回って、お参りをして、お礼にも、いうて回っておられますですね。その時分が、いわゆる信心文さと、あだ名されられるほどに、信心に、言わば(熱狂?)されたわけなんです。言うならば、まあ信心気違いと、言うほどに、であったであろうと。
当時の、お百姓、小さいお百姓さんとして、その、3日間も休んで、しかもその3日間を、その、( ? )に使われるなんて言うことは、もう大変なことだったに違いないのです。その代わりに、実弟の、繁右衛門という方に、が、金神の、信仰をなさっておられます。そこんところはもう大変、( ? )の信心に、非常な、いわゆる、金光、教祖の神様の御信心に、大事なところなんですね。繁衛門という方が、金神様を、拝まれる。もう言わば、今で言うならば( ? )さん、っち言うとこでしょう。なら出来られるほどにその、( ? )、非常にその、生活が苦しい、あられたらしいんですね。ご養子にまで出られておいて、その神様の所に再三、やはり(無心?)に見えておられます。
ある時に、その繁衛門さんに、金神様が乗り移られた。いわゆる神がかりになられた。そしてもう半狂乱、気違い状態になられてね、いろんなことを口走られるわけなんです。その時に、近所の方達が、もう手に負えんもんですから、教祖の神様のとこへ、とにかくとにかくと言うと、お兄さん来て下さい、繁衛門さんがこうこうだから、と言うて呼びに来ておられます。そして、お見えになられて、そこの、金神様が乗り移っておられるもんですから、もう( ? )に座ってですね、その、金神様、( ? )もって、こういろいろ言うておられるわけなんです。それで教祖の神様は、それを、弟繁衛門さんに対してから、もう実意の限りを尽くしておられますですね。
そういうのを私、昨日聞かせていただきながら、はーそうだったかと言うことを感じたんですけれども、その神の頼み始めということがあるんですね、御伝記の中に。その繁衛門さんが、教祖の神様に、重衛門さんに、乗り移っておられるその、金神様がです、ここの家を、建て直してくれという、ことを言うておられます。でそれを、快く受けておられる。そして、そういうことを、いわゆるお告げになりますとですね、パターっと、倒れてしもうておられます、繁衛門さんは。あくる日までぐっすり、寝込まれた様子だということで・・・。それでもう、( ? )の方達はもう、これでしまえるのじゃなかろうかと言うてその、一晩お通夜なさったそうですけれども、教祖のお帰りになってあくる日また、出てきておられます。そしてそのそれこそその、ご普請、繁衛門さんところの、普請に、そん時に頼まれなさった通りのことをなさっておられます。
そのうちにも教祖の神様のやはり、実意丁寧神信心というのはそういうところから生まれ。(基本的に?)、その、金神様が、教祖の神様に、いわゆる神の頼みはじめという、その頼みをなさった時にですね、それを、( ? )仰っておられる言葉が、神の、神の言うことを聞いてくれ。神を神と用いてくれ、と言うことを仰っておられますですね。言わば、そういう、金神様の仰るような、こと、しかも、あくる日はけろっとして、繁衛門さんがしておられる、昨日、自分は何と言うたか覚えん、と仰る。ああそうだったかと言うて帰られても良いのですけれども、その時に、金神様が仰ったような言葉を、ちゃんとその、教祖の神様は実行しておられる。それで、実行しておられる教祖の神様へ対して、その、神の言うことを、言うことを聞いてくれと。だけではなくて、神を神と用いてくれ。と言うてその、まあ言うておられます。
そういう、例えば42歳のご大患から46歳までの、そうした信心文さと呼ばれなさるほどには、実意丁寧の限りを尽くされる信心ぶりというのが、その、42歳から46歳の立教神伝を受けられるまでの間に、あった。だからここんところを、私どもは、本気で一つ金光大神を、読ませてもらい、勉強しなきゃならんな、と私思うたんです。ここんところを、私どもが、教祖のあられ方というものはです、ここんところに、一番、濃厚なんですね。一番こゆいんです。生まれつき、その、(ごりっこう?)であられたことだけは間違いないですけれども、死んだと思うて欲を放れなさったところからですね、例えばそういう、湯水も通らない大患の時にその、石鎚の神様に対しましてでもです。ただ、お詫びをなさっておられるだけ。どうぞ助けてくださいとは仰っておられない。ただ、ただ今氏子が申しました事を、平に平に、人間凡夫のことでございますから、あい分かりません。どこにお粗末御無礼があったやら分からんという、お詫びに徹しておられる。そこんにきが、私は非常に、大事なところだとこう思うです。
私どもだったら、ただ、( ? )なら、すぐ、助けてくださいと言うとこでしょうけれどもね、ただ、お詫びに徹しておられる。それから、御信心の様相っていうものが一段と、お変わりになって、月のうち三日は、お休み日として、そのお休み日を、そのまま全部、神参り( ? )参りに使うておられる。その代わりに、繁衛門さんとの、問題がその、たくさんまだその、・・・・42から、46の4年間ですか、間に、おありになる、その金神様に対するところの実意丁寧の限りを尽くしておいでられたところの、教祖の御信心がです、それでも金光教の信心にもう大きな、その、基を作っておることですね。
その間に、言うならばです、教祖の御信心がもう、それこそもう素晴らしい、飛躍を遂げておられるときなんです。ですからこの飛躍を遂げておられるところの、この、42から46歳の、ご大患から、立教神伝をお受けになる、その間のところをです、私どもはもっともっと勉強しなければいけないと私は思います。これはもう本気で、金光様の御信心をです、私は昨日、( ? )先生の、詳しいその、(ごれつ?)を聞かせていただきながらです、それを感じたんです。はーここんとこ、皆さん、こうしてご信心をなさっておられてからですね、金光様のご縁がかかっておるわけでしょうが皆さんは。ね、ですからやはりどうでも、その金光様が、お辿りになられた、金光様のそんときのお心の状態。それから、なさり方、神様に対する、その向かい方。神様をどのようにお扱いになられ、いわゆる、神を神と立てられると言うことはどういうことか。神の言うことを聞いたと言うことはどういうことか。天地の親神様が、教祖の神様に、あの時死んだと思うて欲を放して、と言うて、ご依頼になられるということがです、ここんところにです、もう、もうこの氏子以外にはないと言うようなものが、ここんところに現れてくるわけなんですね。( ? )。
ですから私どもがほんとに、神様から、あの氏子はどうでもと取り立ててくださろうというようなです、働きがもしあるとするならです、私ども(ここらへんにんか?)のところを、私どももっともっと勉強しなければならない、分からなければならない。そして、自分の信心によって、そこんところを、ほんとに、(がんねん?)させてもらい、はー教祖の神様って言う方は、こういうようなお方であったんだなと、こういうあられ方であったんだなと、お仕事の上にでも、人間関係の上にでも、難儀の問題の上においても、その、人間観に現れてくるところの、難儀と言う取り組み方、人間関係のこと。神様に対するところの、御態度と言ったようなものが、ここんところに、出てくるんです。
今はもう、ただ、簡単なその、物語的な感じですけれどもです、そこんところを、が、お道の信心に一番大事なところになったのでございますから、お互いお道の信心をさせていただくのでございますから、ね、お道の信心どうりにならせていただく為には、ここんところを、自分の物に、ほんとにしていかなければならない。
最近も、金光大神を読んだか。これはもう、ご本部あたりで、はもう、これが、一番聞かれることでございます。小倉教会に参りますときに、お宅の御信者さんがたは、金光大神を持っておられますか、福島さんがその時に、はい私どもの信者はもう金光大神は全部、読んでもいます、持ってもいます。このくらいの厚い本があります、金光大神という。それは、値段も安い、百円ぐらいで、その、お道の信心の、もう聖書、バイブルのようなもんだと。ところが皆さんはこれを、読破しておられるという方は、一人もないでしょうが。いかに、私どもがその金光教の、信心に対して、不熱心かということが分かります。もう昨日私(ひがしもと?)先生の話を聞いてですね、もうよーここまで勉強されたものだと思いましたです。これは私どももほんとに、なるほど御理解を頂いて、御理解( ? )でございますけれども、ほんとに金光大神の御信心ぶりというものを頂く為には、金光大神を読まなきゃ分からん。
なぜって、んなら甘木だって久留米だって、なら私だってです、金光大神のほんの一部のところを頂いておかげを受けておるのですから、わからん、私では。はー教祖の神様っていう方も、親先生が( ? )なんてことは絶対ないのです。ですから、金光大神のあられ方っていうものをです、私どもが、これはもう、お話を頂かせていただくと同時に、金光大神をほんとに、あの、何回も何回も繰り返し読ませて頂いて、特に、ただ今、42のご大患から、46の、立教神伝をお受けになられるまでの、もう大変な4年間。そしてみるとですね、私どもの場合、10年も、10倍もですね、金光様の信心させていただいて、この、おかげを受けられないと言うことはないことが、感じますですね。いかにその、教祖の神様がこの何年間を大事にされたか、っていう、いわゆるあり方でいきゃ、確かに、( ? )おかげが受けられるはずなんですよ。
昨日私のところに、お手紙がまいりました、あれはどこにやった・・・。この方はもう11年だったかね、11年前からか。教祖の神様から、時間があるから読みますけれどね、ちょっとその、直々お知らせを頂かれる方なんです。もう神様から頂かれておること、それから私のことも頂いていろいろ頂いておられるんですね。その、金光様の、先生の資格も取られたんですね。( ? )商売があるのでしょうか。ところがその、一つもこの、お知らせを頂かれるという、お知らせのままに動いておられるけれども、信心が十何年間の中に進展しない。十何年前も、今日も同じことなんです。
夕べ私、企画の方達が、あの、会合しております間、ここで、ここの修行生の方達を、3、4人、ここで、修行生集まりましたから、お話ししたことでございますけれどもね、私が、神様からお知らせを頂くようになった、あの、(はなの?)ですね、いわゆる変わり方、というもの。ね、また神様が私に現れておられる、現れなさった、あり方、っていうもの、そして今日に至っておるということを、まあずっと、お話ししたんですけれども。私の場合は、もうそれこそ、ある場合には半年、ある場合には1年、ある場合には5年( ? )ですね、(ごように?)、信心、神様が私をお育て下さる、育て方が変わっておられることです。
それを私は思うんですね。そうでしょうが、まだ幼稚園ぐらいな子供に対して、それから、中学校に行きよる子供に対して、大学に行きよる子供に対して、親が同じこと言うはずないでしょうが。だから、この話しを聞いて、読んでおりますとですね、いつまでも幼稚園の生徒に、十何年間も幼稚園と同じようなことをですね、言うておられるんですけん、一つも( ? )育ってないと、いうところにですね、これはほんとに、( ? )そこんところを、こう脱皮( ? )いけんな、としきりに、昨夜私思うたんですけれども。
その教祖の神様のですね、その、42歳から46歳のご大患までにですね、もうそりゃ素晴らしいんです。もうこのことを言うとですね、御神格なんかがもう、その間に変わっておられるんですから。下葉の氏子、金子大明神とかね、金光大権現ですか、生神金光大神というふうに、その御神格が変わっておられるに従って、教祖の信心のあられ方、また神様の現れなさり方が、変わっておられるんです。
ですから、ここ何年間のところをですね、私どもが本気で分かってですね、教祖のあられ方というものをほんとに、自分のものにして、こういう信心になられたらです、そんなに、( ? )ことない。本とのおかげを受けると言うことは。ただ、何年信心しとるけど、そこんところを、私どもがいかにその、それを、なんていうかね、その、言うならないって言うかね。目の粗い信心をしておるかということを感じるのですよ。いわゆる、42歳のご大患の、いわば、いわゆる非常に信心は手厚かったけれども、まだ百姓文さと言われなさる時代ですよ。いらいからもう、46歳の時にはあんた、新金光大神になっておられるんだ、御神格が。4年間の間。
いわゆるお互いの信心だって、そんなにかかるはずないって。私どもでも、神様から、いろいろと、お指図を頂かせてもらい、お知らせを頂くようになってから、もう、3年くらいですよ、ほんとのことは。お知らせを頂くようになってから、ここで人が助かるようになったのは。だからその私で言うならば、あの3年間ですかね、3年か4年かちょっと、はっきり今日しませんがね、私のことですけれども、私の信心のあの時分の所を皆さんが、研究なさるなら研究なさらないかんですよ。あの時分の私が、どういうような、動き、どういうようなあり方で、あの、神様に向こうたかということ。それは、教祖のここんところの、42から46歳のご大患の、間とおんなじことなんです。信心を先行する、専念するならですね、ここんところを私、勉強していかなきゃいけない。
まあ今日は私その、昨日、そうしたお説教の中から、教祖の神様の、ことを、聞かせてもらってですね、しきりにそれを、昨日から思うんです。ですからあの、金光大神、私ども金光様のご信心を頂いておるのであるから、金光様の、その、お心の状態とか、あられ方とか、ね、神様に対するお態度とか、向かわれ方とか、人間関係、人に対して、難儀に対して、神様に対しての、向かわれ方というものを、私どもがいっぺんマスターしなければいけない。いっぺん頂かなければならない。どうでも勉強しなければいけない。そして、教祖の神様はこういう時に、こういう、御態度をとられたんだということが分かってきたら、( ? )、何か、感じらさせてもらわなければならない。
今日はえらい、理屈っぽいお話になりましたけれどもですね、今日でも、皆さんが、ほんにそうだということになって、皆さんが勉強なさる気になり、言うなら、私の、まあ修行時代と言うかね、神様から、いろいろ、それを受けられて、人が助かるようになるところ、その、ところが大事である。
(途中切れ?)